高橋裕之のシネマ感B

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 ドキュメンタリー映画 『よみがえる声』 神戸元町映画館12月6日(土)公開!

©朴壽南
 
『よみがえる声』
되살아나는 목소리
2025年製作/148分/日本・韓国合作
 
(HP・あらすじ等)
 
 
(予告編)
 
 
(概要)
歴史に埋もれる声なき者たちの物語を
刻銘に記録したドキュメンタリー
在日朝鮮人2世である映画作家・朴壽南(パク・スナム)は、
2025年に90歳を迎える。
彼女と娘の朴麻衣(パク・マイ)が
共同で監督したドキュメンタリー『よみがえる声』は、
約40年前から朴壽南が撮り続けていた
16mmフィルムを基に制作された。
広島や長崎で原爆被害を受けた朝鮮人
長崎の軍艦島に連行された徴用工、
沖縄戦朝鮮人元軍属、
そして日本軍の「慰安婦」にされた
女性たちの声なき物語を描き出す。
インタビュー用メモに
近い形の文面になっております↓
高橋裕之のシネマ感>
母 朴壽南(パク・スナム ) 監督
娘 朴⿇⾐(パク・マイ)監督
母、焼肉屋、作家、映画制作
監督二人の
この作品へ向けての経緯映像から
セルフドキュメンタリー
歴史の事実、真実
障碍者も描写
貴重なフィルムが多数、使用されている。
1958 年、悲劇の⼩松川事件
李珍宇(イ·ジヌ)
1962 年 11 ⽉李珍宇、絞⾸刑
朴壽南と李珍宇の往復書簡集
『罪と死と愛と』がベストセラーに。
注目を浴びる。
(長田区)
「福田村事件」的な話も。
自分も長田区出身なんで
昔から接してきた内容も。
今なら韓国語にも親しみがあるが
昭和40年代はマダマダでした。
1967年被爆同胞を探す旅に。
表現はペンではなく映像
イ・ヨンインとキム・ジョンスンの対話
(広島被爆)  (長崎被爆
※原因は違うが目の視力問題。
1990年
チョン・ドンネの証言
アリランのうた−オキナワからの証⾔』
インタビューで”慰安婦問題”に。
これがきっかけで動き出す。
そして
『沈黙−立ち上がる慰安婦』に繋がる。
(2018年)
1991年
朴⿇⾐(パク・マイ)監督の苦悩も。
加害者と被害者
多数の「よみがえる声」が始まる。
キム・ブンスンさんの重みが伝わる。
三菱重⼯業⻑崎造船所
キム・ソンスさん
記憶を永遠に記録
徐正⾬(ソ・ジョンウ)さん
※この部分のフィルムも貴重であり
多数の事を考えさせれらる。
初めて知る事ばかりである。
人生を考えさせられるシーン。
平野伸人さんの存在
ラストでドーンとくる。
朴壽南(パク・スナム ) 監督
の集大成(総括)で
朴⿇⾐(パク・マイ)監督との
バランスのとれたドキュメンタリーだった。
※関西公開劇場※
十三第七藝術劇場 10/25(土) 〜
京都シネマ 11/14(金) 〜
兵庫 元町映画館 12月6日(土)~
 

ドキュメンタリー映画『よみがえる声』

Voices of the Silenced

되살아나는 목소리

朴壽南(パク・スナム)監督 朴麻衣(パク・マイ)監督

合同インタビュー by シネマコミュニケーター 高橋裕