高橋裕之のシネマ感B

シネマコミュニケータ―称号授与20年目 尼崎から全国へ宣伝的に発信

いよいよ関西公開  映画「逃走」


(C)「逃走」制作プロジェクト2025
 
いよいよ関西公開
映画「逃走」
(HP)
(予告編)
(あらすじ)
会運動が高揚していた1970年代の日本、
新左翼過激派集団「東アジア反日武装戦線“さそり”」
のメンバーであった桐島聡。
若き桐島は重要指名手配犯とされ、
いつ逮捕されるかわからない緊張感の中、
逃亡を続けていた。
生活を繋ぐため日雇い仕事を転々とし、
数十年前からは「内田洋」という偽名を使い、
神奈川県藤沢市内の工務店
住み込みの仕事に就くようになる。
1960〜1970年代のブルースやロックを好み、
月に一度、音楽好きが集まる
藤沢市内のライブバーに足を運んでいた。
趣味を楽しむ一面があったものの、
かつての仲間たちの存在が常に脳裏に影を落としていた。
メンバーの獄中闘争、
超法規措置により国外に出る仲間たち、
自ら命を絶った者――。
桐島はそうした仲間たちの姿を思い浮かべながら、
日本社会の欺瞞や凋落を孤独に見つめ続けていた。
2024年、70歳となった桐島は末期がんと診断され、
病院のベッドで生死の狭間を彷徨う。
薄れる意識の中で浮かんでくるのは、
東アジア反日武装戦線としての活動、
仲間と逃亡を続けていた当時の記憶。
彼が生涯を賭けて追い求めたものは何だったのか。
半世紀にわたる逃亡生活の果てに、
彼は何を得ようとしたのか。
死の間際に「私は桐島聡です」と
名乗り出て何を表現しようとしたのか。
 
 
高橋裕之のシネマ感>
覚悟あっての行動なんだね。
スタンダードで見せていく
舞台を見ている感覚にも。
”反省”という言葉も・・・
人を殺さない闘争
1975年逃亡開始
病院シーン 回想
仕事は直ぐ見つかるね
内田洋が始まる
脚本に監督の想いが入ってる
ユーニークなシーンもある。
”笑顔”で逃げ続けろ
楽しさを感じで~
桐島は真面目だと思う。
逃げる辛さ苦しさ
多民族の事を考えている
逃走できることは奇跡なんだね。
”反省”の念はずっと持っているんだな~
※関西公開劇場※
京都 京都シネマ 4月4日(金)~
大阪 シネ・ヌーヴォ 4月5日(土)~
大阪 第七藝術劇場 4月5日(土)~
兵庫 元町映画館 4月5日(土)~
 
各劇場舞台挨拶有
 
 
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