高橋裕之のシネマ感B

シネマコミュニケータ―称号授与20年目 尼崎から全国へ宣伝的に発信

CB<フリートーク・原稿完全版>

<フリートーク・原稿完全版VOL1>

いつから映画を見始めたのだろう?
いつから映画が好きになったのだろう?
自分の映画に対するルーツを探ってみることにします。

自分の幼い頃の記憶をたどり、思い出す映画は
「チキチキバンバン」です。
今でも名作として語り継がれて作品ですが
私の中に残っているのは
当時の自分と同じ年ぐらいの子供たちが
連れ去られていくシーンです。
当分の間、そのシーンが、恐怖として残っていたのを覚えています。
大劇場(神戸新聞会館大劇場)で鑑賞したので
その恐怖も巨大に感じました。
その夜はうなされたに違いありません。
(おねしょしたかも知れません。)
私にとってはこの映画はミュージカル映画ではなく
恐怖映画です。
(誰一人こんな風に思う人はいないと思いますが)

でもこの作品は、家族でみた
唯一の作品でもあるのでした。

※VOL2へ続く・・・※


<フリートーク・原稿完全版VOL2>

俺の幼年時代
東映まんがまつり」「東宝チャンピオンまつり」
「寅さんシリーズ」「ディズニークラッシック」と
今となっては懐かしい作品を、数多く観てきました。

今年は「ゴジラ」もファイナルを向かえ
今年の夏は「ラブパック」のリメイク的な
映画「ハービー 機械じかけのキューピット」が
公開されます。
妖怪大戦争」もリメイクされ公開されますね。
邦画というか、子供向け映画ばかりを観ていた
小学校時代でした。

今年は自分のルーツに戻る
夏のような気がします。

<VOL3に続く・・・>

<フリートーク・原稿完全版VOL3>

邦画というか子供向けの映画ばかりを
見ていた小学生時代でした。

洋画の本格的な試写会に行ったのは小学6年の時
父と「オーメン」を見ました。(首チョンパ
試写会というのと、ホラー映画を知ったのはこの時で
その後も「カサンドラクロス」の試写会などにも行きました。
この出来事が、試写会とホラー映画にはまっていく
ルーツになったのでしょう。

また、小学6年の時に友達だけで初めて映画を見に行きました。
中村雅俊のコンサートも子供だけで行き問題になった。)
作品は「007/黄金銃を持つ男」でした。
この後、中学、高校にかけて独走的な
映画人生が始まるのでした。

<VOL4>に続く・・・

CB<フリートーク・原稿完全版VOL4>

一人で映画を頻繁に見に行くようになったのは高校時代からです。
一応義務教育の間は控えていたので・・・
一人で始めてみたのはなんだろう?
はっきり憶えてないけどたぶん「スターウォーズ」でしょう。
でも見に行ったのは公開されてから1年後です。
今「スターウォーズフリーク」な自分としては恥ずかしい鑑賞時期ですが、
これも今の自分のルーツとなる出来事があったからです。

神戸の学校は夏休み前と冬休み前に劇場で映画鑑賞会をするのですが、
親友の行ってた高校がなんと「スターウォーズ」の映画鑑賞会を
公開前にしてしまったからです。
当時、どんな内容か?
どんな映画か?と話題になっていたのに
親友に先にいろいろ聞いてしまったからです。
この映画は見ないと宣言していたのですが、やっぱり1年後に見てしまった。

今もそうです、身近な人が先に見てしまった映画は見ないことにしています。

だから今年は「ミリオンダラーベイビー」を見ていません。

そんなわけで高校時代も映画を、見まくり鑑賞本数は
常に年間70本はみていました。

観賞本数がクラスで1番を保つのは相当な苦労でしたが
なんとかクリアーしていました。
この時代に試写会で見た
東宝東和作品の「ピラミッド」,
実は森川みどりさんの初Mcだったそうです、
ご本人の本で確認し、先日ご本人ともその話をさせていただきました。

もしかしたら、この出来事が
シネマコミュニケーターのルーツになればいいのですが。

<VOL5に続く・・・>


<フリートーク・原稿完全版VOL5>

就職後、結婚後も映画狂はさらに続きます、
会社にはいっても鑑賞本数1位を保ち、
会社内でも映画と言えば高橋を確立しました。
 
 二年前からとうとう会社でも顧客向けですが、
映画会のイベントをするようになり、
毎回mcを素人ながらさせていただいてます。
始めのうちは、今までのイベントの延長戦で好かったのですが、
昨年から試写会も実施するようになり、何か本格的になってきました。

映画館とのつながり、
映画会社とのつながりを武器に,
勢いで
今年とうとうcbシネマコミュニケーター学院に入学してしまいました。
入学後のラジオ出演、ブログ開設などで、
また映画というものに真剣に取り組みかけています、
映画ファン精神は忘れずに多くの人に映画の良さを伝えていきたい。

自分のルーツが今年につながっているような気がするし、
今年がシネマコミュニケーターとしてのルーツな年になることを願って。

<完結>